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恨。

兵庫・西宮市で6日未明、小学校のドアガラスを割ったとして、無職の男(39)が器物損壊の現行犯で逮捕されたらしい。容疑者は「小学生のころにいじめにあった。この学校に恨みがあった」と話しているという。

警察によると、容疑者は6日午前2時前、西宮市の市立小学校に侵入。校舎の玄関に立て看板を投げつけ、ドアガラス3枚を割ったとして警察官に取り押さえられたそうだ。

警察の調べに対し、容疑者は容疑を認めていて、「小学生のころにいじめにあった。この学校に恨みがあったから、ガラスを割ってやった」と話しているらしい。警察は、容疑者がこの小学校を卒業したのか裏付け捜査を行うとともに、動機についてさらに調べを進める方針という。

ガラスに罪は無いんだけどなぁ…それでも報復が“別”な方向に向かなくて良かった。いや、単に夏休みだったから被害がこの程度で済んだと言うべきか。

やみげんも、とっても女々しいので、いつまでもいつまでも恨みを忘れる事は無い。
「あの時あいつのせいで」「あいつさえ居なければ」思うことしばしばだ。冷静に俯瞰すれば、“そういう”ルートに至ったのは自分自身の選択なので、そのたび自己嫌悪しまくりという始末。

だが、小・中学校在校時の事象は少し違う。なぜなら、どの学校に行き、どの先生に教わるか、どういうクラスに配属されるかは、本人ではどうしようもない部分がとっても大きいからだ。その点、学校・先生の責任は重いはずなのだが、どうやら彼らにその自覚は無い。

「子供は親を選べない」わけだから、同様に親も責任重大だと思う。
しかし、親は死ぬまで親で有り続けるわけで、“なんらか”の形で自身の教育(子育て)について一生責任がついてまわる。“なんらか”というのは、なにも社会的・同義的責任ばかりでは無い。心の痛み、もっと言えば子供にまつわる記憶そのものも含めて、である。

おそらく、トンデモ教師たちは、手前らの身勝手で軽率な振る舞いが、その後の児童たちの人生にどれほどの影響を及ぼしているのか、想像した事がないのだろう。そもそもその能力に欠けているとも言える。
まぁ、真剣にそのことを考え出すと、怖くて教師などという職業はやれてないハズなのだがね;

幸い、やみげんはこの無職男と同じ行動をとらずには済んでいるが、一つ間違えば同じ事をしていたかもしれない。

ネットに感謝!

過剰体罰「ガシャーンッ!」
画像は、体育女教師「過剰体罰」より。不良生徒もガラス割りぃ^^
[ 2009/08/10 20:00 ] ほのぼの | TB(0) | CM(-)

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